4:00 a.m. 自宅にて 起床。(こんな時間に起きる事はめったに無いが)いつもと変わらないように見えるまだ日の昇らないマンハッタンも、今日は既に大勢の人間が大イベントのために着々と準備を整えています。朝はお粥とバナナ2本。計測用のICチップもシューズに取り付けて準備万端。シャトルバスの集合場所、New York Public Libraryに向かいます。折角会場の近くに住んでいるのだから、バスやフェリーを使って安く移動したかったのですが、さすがに4時では何も動いていません。アパートのフロントでタクシーを呼んでもらいました。「何でこんな朝早くに図書館?」とフロントの人も不思議に思っていましたが、「NYCマラソンにでるんだよ」と説明すると、「がんばれ!帰ったら是非結果を教えてくれ!」と言ってくれました。ありがたいですね。
5:15 a.m. New York Public Library にて New York Public Libraryというと本当は沢山あるのですが、有名なのは5th Ave. 40 St. にある、あの映画『ゴーストバスターズ』に出てきた図書館です。最近では映画『The day after tomorrow』で出てきました。アレです。マンハッタンのど真ん中の大通りに面した場所にあるのですが、そんなところがシャトルバスの集合場所の一つになっているので、朝っぱらから5Ave通りは3車線中2車線がシャトルバスで占有されています。写真ではよく見えませんが、大通りを半分封鎖してまでのバスの行列は圧巻です。4万人近くが1つの島に一斉に上陸するのですから・・・早く行くに限ります。
6:00 a.m. Staten Island 会場にて 会場は青、オレンジ、緑の3色に分かれています。それぞれゼッケンの色に対応していて、選手はそれぞれの集合場所・スタート地点で待機します。負荷分散ですね。私は緑。会場に行ってみると、既にコーヒーやらスポーツ飲料、ベーグル、保健室、そしてジャズバンドがスタンバイされていました。皆様ご苦労様です。しかし、スタートは10時10分。一体何をしていればよいのやら・・・とりあえずコーヒーを1杯。何十と並んでいる(多分会場全体は100以上あるはず)簡易トイレも込む前に利用。会場のテレビで自分達がニュースに取り上げられている様を見ながら、とにかく待機。寒くなかったのが何よりです。
次第に人が増えてきます。3色均等に分かれたとしても1万人以上の人がいるわけですから、大変な事です。一番の取り合いは当然トイレ。ずらっと並んだトイレも大渋滞です。暇なのでもう一度並んでみたりもしました。
9時45分、準備運動も終え、そろそろスタート地点に並んでみます。その前に、上着等を昨日のお土産かばんに入れてUPS(宅急便屋さん)の宅配サービスに預けます。レース中に会場まで運んでくれるわけです。受け取りの女の子に日本語で「がんばってくださいっ」と言われた時はびっくりしましたが(アジア系の人を見ても日本人だとは思い込まないようにしている)、がんばるぞっ、と思いましたね。
そしてスタート地点。私は13000番台、真中よりやや先頭寄りです。これは申し込み時の申請タイムで決まります。なにせ4万人近い人が42キロをぞろぞろ走るわけですから、コース上はずっと渋滞状態。そう簡単に抜かしたり抜かされたりはできません。正しく申請し、正しい実力の場所に並ぶ事が一番大切です。私の前には4時間のペースメーカーがいました。今日は彼についていけば目標達成です。
10:10 a.m. スタート地点にて スタート直前、皆がスタート地点付近まで行進します。人込みで何も見えませんが、誰かが合衆国国歌を歌っています。石原都知事も来ているとか。でも見えません。この時点で荷物はUPSに預けているのですが、体が冷えるといけないので多くの人は上着を着ています。これ、走るときはどうするのか?投げ捨てるのです。誰かの頭の上に落ちてきますが、それをまたその人が端に投げ捨てます。スタート地点は服だらけ。チャリティの一環になっているのだ、と信じていますが・・・
そして10時10分。いよいよスタートです!
Mile 1: Verrazono-Narrows Bridge まずはあの有名なベラゾノ橋。NYCマラソンの写真ではおなじみとなっている、スタート直後の橋です。コース中で最も高い地点とあって眺めは最高!すごい上り/下り坂ですが、全然気になりませんでした。
それにしてもすごい人数です。このままみんなでゴールするんでしょうか・・・あちこちキョロキョロしながら走っていると・・・???バニー?バニーガール?網タイツのバニー発見!むぅ、ランナーとしても合理的な仮装。背中にお店の広告が!Φ。。)メモメモ
ところで、マラソンレースでは必ず何人かの人がスタート直後、すぐにコースから離脱します。NYCマラソンも例外ではなく、多くの男性が藪や壁に向かって駆けて行きます。・・・立ちurineしてらっしゃいます(日本語では書き辛いです)。連れurine?・・・相当な数です。経験のある方もいらっしゃると思いますが、なぜかこういうレースでは、どんなにスタート前に準備していてもなぜかレース中にモヨオシテしまうものです。走り始めると体が活性化するからでしょうか、わかりません。とにかく多くの人がスタート直後にモヨオスのです。
中には座っている人もいますね・・・???隣の女性が悲鳴を上げています。
「Is that a girl!? Oh, I can't do that!」
・・・物理的にどうやっているのかは知りませんが、見目麗しい、女性です。とにかく本人は相当切羽詰っているのでしょう。せっかく出られたNYCマラソンですもの、残り25マイルずっと我慢しながら走りたくはないですから。
そんな人達を見ているうちに、私も今朝の朝ご飯が・・・うぅぅぅ
Mile 2-13: Brooklyn 橋を渡るとブルックリン。寂れた貧しい雰囲気が漂うかと思えば、古く美しい静かな建物が並ぶ通りがある、そんな不思議な街、ブルックリン。街道の人々も様々です。友人が応援にきていないかきょろきょろしながらも、気になるのは・・・トイレ。コース上にいくつかの設置トイレがあるのですが、そこも既に大行列。恥を偲んで・・・いやいや、私も紳士。というよりはこの応援の人々で溢れる通りのどこにシロと!?
何かいい考えは・・・!ガソリンスタンド!なるべく大きなコンビニ付きのガソリンスタンドを探して駆け込む。そして一声!
「May I use bathroom?」「uh huh」
見事並ばずにトイレをゲットしたのでした。ありがとう、ガソリンスタンドのお姉さん、助かりました。
すっかり体が軽くなったところで、ランナーの流れに飛び込む。げげっ、この人達は4時間30分のペース!私のいた集団はずっとずっと前方に行ってしまった様子。ここはトイレの時間分挽回せねば、そう思ったのが運のつきでした。体が軽くなったのをいい事に、ランナーの隙間を縫って無茶な追い越しを繰り返す私。
あっという間に13マイル。半分です。ここまでで2時間4分。悪くないタイム。4時間が4時間10分くらいになったかな、そんな位に思っていました。この時点ではまだまだ余力が残っていたようです。そうしてランナー達はPulaski Bridgeを越えてQueensへと突入するのでした。
Mile 13-16: Queens「Welcome to Queens!」Pulaski橋を渡り終えたランナー達を沿道の人々が温かく迎えてくれます。Citicorp Towerの横を走りぬけ、またすぐに大きな橋へと向かっていきます。Queensboro Bridgeです。また橋か・・・いい加減に疲れてきました。橋はどれも急な坂になっていて、道も狭い。皆がすぐに歩き始めます。正直、とても邪魔です。最初はそういう人達をどんどん抜かしていたのですが・・・行けども行けども坂。橋ってこんなに長いものでしたっけ?もう1マイル近く走っているのに、全く下り坂にならない。橋には応援の人々もいない。どんどん足が疲れてきます。
ようやく道が下り坂になっても、今度は足がついていきません。そうしてヘトヘトに疲れきったランナーたちを迎えるのは、突然の大歓声。沿道が応援に駆けつけた人々一杯になったマンハッタン1st Avenueです。調子のいい事に橋ではトロトロ歩いていた人達も歓声の前に突然元気よく走り出します。逆に、橋で体力を使い果たした私は、沿道の皆様の前でとうとう歩き始めてしまったのでした。
Mile 16-20: Manhattan 1st Avenueついさっきまで元気だったはずなのに、もう足が上がりません。腰にも何か違和感が。ここからが一番応援の人々が多くて楽しいところなのに、私は既に白目をむいて走っています。30分に1度しか水分は採らない決めていたのに、もう差し出されるものは水でもゲータレードでも何でも口に入れてしまいます。さっきまでは見逃しそうになるくらいすぐにマイルの標識がやってきたのに、今は行けども行けども次のマイル表示が見えません。
それでも、「You can do it!」「looking good!」と声をかけてもらうたびに、歩くのをやめて走り始めます。沿道の人が自分で持ってきたリンゴやオレンジをくれます。ありがとう。おばあちゃんがキャンディをくれます。すみません、それはいりません。
名前を呼ばれた気がしました。そういえば家内がこの辺りで応援してくれているはず・・・虚ろな目で探すのですが、見当たりません。というか、下を向いて走っていては何も見えません。長い長い1st Avenueを歩きながら走りながら何とか通り抜け、一旦Willis Avenue Bridgeを渡ってBronxへと入ります。
Mile 20-21: Bronx たった1マイルですが、一旦マンハッタン島を離れてBronxに入ります。ここでようやく20マイル、30キロです。マラソンは30キロ地点に壁があるといいます。もうとっくに壁はあったのですが、まだ10キロ以上もあるという想いが重くのしかかってきます。
そんなとき、女の子の掲げた看板が目に入りました。そこにはこう書いてあります。
「20 miles: Legs 6.2 mile: Heart」
全くその通り。残り6.2マイルは根性です。誰でもここからは気力の勝負です。もう目標タイムなどどうでもいい、とにかく足が上がる限り走りつづけてやろう。再びマンハッタンに戻る前に、少しだけ元気づけられた私でした。
Mile 21-24: Manhattan 5th Avenue The Madison Avenue Bridge, そんな橋もあったでしょうか。ヤンキースタジアム?見えたんですか?ここまでくると周りを見渡す余裕など全くありません。とにかく歩きそうになる足を鞭打って前に進めるだけです。しばらくすると右手に緑が見えてきます。5th Avenue, もうゴールは右手に見えるセントラルパークの中にあります。
しかし、この最後の大通り・・・長い。沿道では沢山の人々が手を振ってくれますが、とにかく長い。おまけに結構な上り坂。上り坂だっけ!?よく知っている道なのに今は登山道に見える。ずっとずっと先まで人の波が見える・・・私もそこまで行かなければ行けないのか・・・長い3マイル。とにかく歩いては沿道の人々(特に女性)に励まされ、かっこ悪いなぁと自分で恥ずかしくなって走り始める、その繰り返し。
・・・えっ?公園の入り口がある。もう公園に入るの?もうゴール?
Mile 24-26.2: Central Park and ... ・・・すぐに24マイルの表示。あと2マイル以上もある(全くもって「あとたった2マイル」なんて思考にはならない)。20分はこの状態が続くと思うと今すぐ倒れこみたくなります。
公園の中は綺麗に舗装されているので、そこだけが救いです。もうでこぼこは嫌。ちょっとしたコブを踏んでも倒れそうです。しばらく下り坂が続いて給水所が見えてきます。応援の人々の数も次第に増え、その声援も今までのものと変わってきます。「1 mile to go!」誰かが叫んでいます。1マイル?あと10分?あと10分なら・・・ちょっとだけペースを上げました。最後の水もパス、毎回ガブガブ飲んでだらだら歩きたくありません。
しかし、その10分が地獄のようです。とにかくあとハーフマイルのようです。でももう何がなんだか分かりません。手の先が痺れてきました。歩いているのか走っているのかも分かりません。サングラスをかけたかっこいい婦警さんが「You can do it」と言ってくれます。どうも歩いていたようです。また走り始めます。
曲がり角がありました。この先にゴールがあるのでしょうか、いや、まだ見えません。バンドがライブをしています。他のランナーは元気に手を振っているのが妬ましくさえ思えます。800メートル?ヤード?だんだん数字の意味も分からなくなります(ヤードです)。400・・・200・・・何か門が見えます。なんだろう?
「家族や友人に誇ってください、あなたはNYCマラソンを完走しました!」スピーカーから声がします。そこがゴールだと分かったとき、自然と両腕を上げていました。4時間42分48秒(Net Time: 4時間39分26秒)、ついに26.2マイルをついに完走です!
走り終わって ゴールしてもまだ止まる訳にはいきません。4万人の人が順にゴールしていくのですから、次々とどいていかなければなりません。とにかく私は水が欲しかったのですが・・・それまでにまだ随分やることがあるようです。「Congratulations, You made it!」まず完走の証のメダルを首にかけてもらいます。そしてそのまま、なんと写真撮影、1人ずつ・・・全く前に進みません。写真も顔が引きつっています。
まだ水がもらえない・・・相当酷い顔をしていたのでしょうか、医療チームの人がやってきて声をかけてくれます。「Are you O.K.?」「Yeah, I'm fine.」どこもfineじゃないのですが、精一杯笑顔で答えたら連れて行かれずに済みました。そしてようやく水と保温用のアルミフォイル、ずっと進んでりんごとみかんがもらえます。みかんのさわやかな酸味が疲れを癒します。
Family Reunionという家族との合流場所が用意されているのですが、そこで家内と合流するのに1時間近くかかってしまいました。家内は1st Aveと5th Aveで私を見つけたようです。1st Aveで死に掛けの私を見て「これはゴールできまい」と思ったそうです。確かに、レースの真ん中で力尽きて、よく20キロもそのままとぼとぼと走れたものです。
その後、体中が炎症を起こして熱を出してしまいました。抗炎症剤(風邪薬)を飲んだらすぐに頭の熱は下がりましたが、体はまだ燃えるように熱いです。4時間40分走り続け、正直、体はスッキリしたとはとても言いがたいです。おそらく1週間はまともに歩けないでしょう。でも、あれだけ多くの人が、もちろん家内も含めて、偉大な事を成し遂げた、と励ましてくれます。
4万人がベラゾノ橋を揺らしたところで、世界の何が変わるわけでもありません。しかし、馬鹿げた事でも成し難い事というものはあります。人生なんてものは、他人から見れば常にそんなものの集まりかもしれません。そんな馬鹿げた私の偉大な数時間のために、多くの人が食べ物を持参してまで集まり、まるでお祭りのようにNYCをあげて盛り上げ、そして私にそれを誇らしく思わせてくれる。
トイレを貸してくれたガソリンスタンドのお姉さん、High-five(ハイタッチ)をしてくれた沿道の皆さん、りんごをくれたおばさん、応援してくれた沿道の皆さん、色々な形で助けてくれたボランティアの人々、そして私を見つけるために走り回ってくれた家内に、心からありがとう。
沿道にいるか道にいるか分かりませんが、とにもかくにもNYCマラソン、また来年!